「子ども心と期待感」 のん×坂部三樹郎:対談 後篇
前篇はこちらから「履きたかったマーブル柄の靴」
——ところで、のんさんはシュークローゼットの中から〈grounds〉を選ぶときはどういう日が多いですか?
のん:〈grounds〉に合わせて洋服を決めたいときですね。洋服を選ぶ前から「今日は絶対にこれを履きたい」と思うことが多いですし、「こんな靴を履いてるんだぞ」と見せつけたいときに履いてるかもしれません(笑)。そうじゃなくても、今日はこれを着ようと決めて最後に靴を選ぶとき、意外と何にでも合わせやすい〈grounds〉に手が伸びてることも。
——足元からの装いですね。アイキャッチな〈grounds〉のデザインですから、靴からドレスアップするという発想は自然と湧いてくるかもしれません。
坂部:確かにそういう見方もあるかもしれない。僕が靴のデザインをするようになって一番感じているのは、人間は、生きていく中で重力と関わり続けているということ。日々、歩いたり、横になったり、座ったり、立ったりすることで重力の加減が変わるわけじゃないですか。重力と人生は、もうほぼ一緒なんじゃないかと思ってもいる。地面との“接点”である靴のアウトソールにデザインを加えると“物質の重さが変わる”というよりも、それを履く人の“印象の重さ”が変わる。不思議ですが、それってすごいことだなって常々思っていますね。
のん:へえ! 人生は重力。たしかに〈grounds〉のソールは重力感が軽くなっている気がします。
坂部:まさにそれをやりたいんです。靴って、着る洋服とちがって接地面があることがとても重要。ソールは地面、もっと言えば、地球と接しているんです。つまり、靴のデザインは、その人と地球、あるいはその人を取り囲む“環境”とのバランスを考えないといけない。自分と地面が絶対に接するものだとしたら、ソールの部分は、自分と周りの世界をつなぐもの、外の世界との接点という意味でほとんど“環境”なんじゃないかと考えています。今日はすごい重力を感じるなって日とかないですか?
のん:疲れている時だとか、ある気がします。気持ちの面にも影響しているんでしょうか……
坂部:そうですね。重力からどうやって気持ちを解放させることができるか。そういう精神的なところもある一方で、大きな話で言うと、人は両親がいて産まれる、それも解釈を拡げていくと地球があるから生まれている。人間や動物もすべて地球の一部だと捉え、そこにある関係性を考えていくと面白くなりませんか? 人間だけを想定するのではなく、そうした地球との“繋がり”でデザインしたほうがいい。全体性をとらえた環境作りとファッションの関わりを最近よく考えていますね。
——壮大な視点ですが、自分と地球という関係性を紐解いていくと個人のことにかえってくるのですね。
坂部:本当にそうですね。たとえば、日本に家がある。アフリカに家がある。今から100年前に生きている……。挙げればきりがないですが、全部“環境”が違います。一足の靴もその人の日常における環境を変えられるんじゃないか。そういう意味でファッションはもっとも身近な環境の変化を起こせる。服の色、スーツ、ドレスのチョイス以上に、靴は“環境”を変え、履く人の人間性の鮮度をも変えていくことにフォーカスしたファッションなんです。
——感覚がリフレッシュされるだけで、「歩く」や「立つ」という行為が変わり、気分も変わっていく。“環境”に変化をもたらすという意味で、まさにファッションデザインの力さえ感じます。のんさんに、個人的なお考えもうかがっていきたいのですが、普段の生活の中で、ファッションに力を感じるときはありますか?
のん:普段ボーイッシュな服装をすることも多いんですけど、「あ、こういう感じなんだ」と、お会いした方のイメージにはないファッションをしていることがあるんです。そういうとき、ファッションのおかげで相手との距離が縮まる感じがありませんか? ファッションは、人に見られている、見せているものだからこそ「この服を着てきて良かったな」って思う場面はたくさんあります。〈grounds〉はまさにそうですよ(笑)。履いていると「その靴すごいね!かっこいいね!」って言われて、「良いですよね」って自慢したりなんかして。相手の琴線に触れるグッとくるものを身につけていたりすると、お互いの心がほぐれる感じがあるんです。
——ファッションがきっかけでコミュニケーションが滑らかになる。
坂部:すごい嬉しいですね。
のん:私、すごく緊張強いで、人見知りなんですけど、そういう会話が生まれたときはオープンになれるというか「やったー!」ってなるんです(笑)。こういう人との触れ合いも、坂部さんがおっしゃっていた“環境”ですよね!
坂部:その通りだと思います。それに僕もたぶん言っちゃうな、「俺がデザインしたんだよ」って(笑)
——装いの面で、意識されることはありますか?
のん:それこそ先ほど写真を撮っているときに坂部さんに言っていただいたんですけど、子どもっぽいところや、子ども心は、自分がすごく大事にしていることです。お洋服を着るときに「今日は大人っぽくしよう」って日もあるんですけど、綺麗なワンピースにおもちゃっぽいものを付けてみたりする。今日着てきたのは白いレースのワンピースですけど、お気に入りのビーズのポシェットを下げてみたり。そういう、会った人の目に私の子ども心が見えるようなファッションをしたいといつも思っています。
——多角的に表現活動をされていると思うんですが、今後やってみたいと思っていることはありますか?
のん:私は女優としてたくさんの方に知っていただいていて、私自身も、女優が、自分の基盤で軸なんだと思っています。自分と、役者の仕事は切り離せません。でもそれと同じぐらい、「のんはこういうのを創るんだ」「のんって、創る人なんだ」っていうイメージを持たれるようになりたいと思っています。「のんがやっていることを追っていると楽しそうだな」と思われる、そういう人になりたいんです。たとえば、自分には「この方の演技を見たら、絶対に感動させてもらえる」みたいな方がいるんです。そういう“期待感”がずっとある人になりたいですね。
——今回のようなコラボレーションを通して新しいジャンルとの出会いはどうですか?
のん:やっぱり面白いです。映像を撮っている現場とは発想がぜんぜん違いますし純粋に楽しいです。のんになる前までは、子ども心を大切にしているっていう部分に抗いながら、大人にも抗っているつもりでいたんです。でも、たとえば音楽の大御所の方とかをみていると、こんなに年齢を重ねても“子ども”なんだなって思うんです。きっと、子どもの頃に音楽と触れ合って、熱くなったあの時の気持ちをずっと持っているんだろうなって感じることができる。そうやって素敵な活動をされている方々、ものづくりをしている方たちとお仕事ができることが幸せです。
——子ども心はファッションクリエイションにおいても欠かせないですよね。
坂部:もちろん。本当に大事ですよ。どんなに大人になろうともあの時のように可愛いものが好きだっていうマインド。そういった子ども心がない人はいないんじゃないかな。そうした純粋性は、クリエイションにとってとても大事なものだと思います。
のん:大切にしてるって言い張って、大人になれないだけかもしれないんですけど(笑)
のんプロフィール
女優、創作あーちすと
1993年兵庫県生まれ。 2016年公開の劇場アニメ『この世界の片隅に』で主人公・すずの声を演じ、第38回ヨコハマ映画祭「審査員特別賞」を受賞。2017年自ら代表を務める音楽レーベル「KAIWA(RE)CORD」を発足し、シングル『スーパーヒーローになりたい』『RUN!!!』とアルバム『スーパーヒーローズ』を発売。以降精力的に活動し、現在はオンラインライブ『のん おうちで観るライブ』を積極的に開催中。2018年展覧会『‘のん’ひとり展‐女の子は牙をむく‐』を開催するなど、“創作あーちすと”としても活躍。2020年映画『星屑の町』/『8日で死んだ怪獣の12日の物語─劇場版─』などに出演し、『私をくいとめて』では日本映画批評家大賞「主演女優賞」を受賞。2021年8月9日よりPARCO劇場にて「大パルコ人④愛が世界を救います(ただし屁が出ます)」に出演予定。
のん自身が監督・脚本・主演を務める映画『Ribbon』は2022年に公開予定。
Photography : Yuichi Ihara
Hair & Make : Shie Kanno
Text : Tatsuya Yamaguchi