「アングルを変えて新しさを見出すこと」 堀内太郎×坂部三樹郎:後篇

grounds Mikio Sakabe Taro Horiuchi コラボ

まったく異なるブランドを率いるふたりのデザイナーによる対談の後篇は、それぞれのアティチュードが浮き彫りになっていく「ファッションの未来」に関する模索がテーマに。

 

前編「〈GROUNDS〉にクラシックな要素を加える」

 

——「ファッションブランドのあり方を未来に前進させる」ことは、〈grounds〉の(コーポレート)ビジョンです。おふたりは現代のファッションをみているなかで、どのようなところで「新しさ」を感じますか?

堀内: 三樹郎君とは違う感覚だろうけど、僕は2005年以降、新鮮なファッションって見た気があんまりしてないんだよね。

坂部:挙げるなら、2005年の何のコレクション?

堀内:RAF SIMONS〉だね。

坂部:CALVIN KLEIN(カルバン クライン)〉ではなく?

堀内:CALVIN KLEIN〉はリミックス。もちろん、アーカイブを組み合わせて生まれる新鮮味は、この時代的なアプローチだとは思うし、デムナ・ヴァザリアもすごいと思う。だけど、僕が好きな時代の特徴ではないんですよ。これは単純に嗜好の問題だけど、リミックスの仕方もどんどん雑になっている気はしますね。それはコレクションを作る期間のスピードとも関係している。以前ならコレクションを半年かけて作っていたものが、今は3カ月、下手したら1カ月半で作らないといけない時代なんだとラフ(・シモンズ)は言っていましたよね。そういう時代特有の面白さはあるはずだけど、コレクションを練る時間のスパンが短くなるから、短絡的になってしまうのは必然なんじゃないかと思う。

grounds Taro Horiuchi コラボ

坂部:僕は「新鮮なもの」は出てきている気がしますね。ただし、それがパリコレのランウェイから出てくるだけではない時代でもあって、例えば〈Uniqlo(ユニクロ)〉も新しいものをつくってきていると思ってる。要は、ここまでファッションというものが広がった中で、違うアングルから見ることをしないと「新しくは見えないもの」が増えているんじゃないかという感覚があるな。

堀内:そうだね。ファッションという純粋な視点だけじゃない。

坂部:従来のカテゴリーだけで見ることは、もうできないよね。だけど、じゃあオリジンって何ですかという話になると、ファッションの歴史上すごく難しくなってきてしまう。正直なところ、新鮮に感じないのは、太郎とか俺が歳をとって既にみたことがある何かの「2回目」になっているというだけな気もするんだよね。

堀内:要は、大体のものをみてきたという話でもあるからね。

坂部:それがどの世代にも差異としてあると思う。例えば〈Vivienne Westood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)〉に衝撃を受けた人は、〈COMME des GARÇONS(コム ギャルソン)〉に衝撃を受けなかったりする。でも、〈COMME des GARÇONS〉からスタートした人は〈Vivienne Westood〉のコレクションを知らない。そう考えても、やっぱりアングルの変え方が大事になってくる気がします。

——情報や、リファレンスへのアクセスが均質化していることは関係しているのでしょうか? 

堀内:そういう点では、三樹郎君や僕の世代は、けっこう狭間の世代なんですよ。図書館に行って、本も文献として読んでいたけど、途中からインターネットの時代が始まって、突然インスタントに情報が得られるようになった。そうしたコントラストは身に染みて感じますよ。

坂部:インターネットの影響で得られる情報が画一化されてくることで、知識であったり、人の感覚といった背景が似てきたという点には、長所と短所があると思うんですよ。図書館に行っていた頃ほど深掘りはできなくなった一方で、グローバルの規模で共有できる課題が増えた。僕はようやく、「グローバルファッション」が生まれる時代になったのかなと思っています。今までは、ブランド単位で似合うと規定された人種や身長というのが少なからずあったけど、外観ではなく、思想が似ているという状況が、唯一、グローバルでかっこいいと思われるファッションを生み出せるんじゃないかと。プロダクトという視点も、その中のひとつですね。

堀内:三樹郎君は、現在形で変わっていく時代に対してけっこうポジティブに突っ込んでいく感じだと思うんですけど、僕はむしろ、ファッションもアートも、今、ものすごく大衆化されていると捉えているんですよ。これらは本来、もっとオタクのものだったと思うし、選ばれた人のため、あるいは受容する人々を選んでいったと思うんですよ。僕は、そこに文化的な面白さがあったと思っているので、今後、そうした状況がどうなっていくのかなとは思っています。テクノロジーが生み出した平等性によってすべてがフラットになるのではなく、デコボコしているほうが面白い。平等じゃない世界のほうが、良いものが生まれるんじゃないかと僕は思っているので。

grounds th コラボレーション

 

——アパレル業界で取り立たされる未来的な課題として、サスティナビリティや環境問題といった話題が上がってきますが、おふたりの考えをお聞かせください。

堀内:僕は三樹郎君の答えを知りたいですね。〈grounds〉では何かやろうと考えているの? 

坂部:あります。だけど、少しずつですね。この問題は、ほぼ人間が生きる、人類が存在しているということと同じ次元にあると思いますね。

堀内:そうだね。どう考えても、矛盾が内包されているから。

坂部:各々のアプローチでサステイナブルを意識するくらいで、「これをやってはいけない」という明確な答えはひとつも出ないと思いますね。人間が生きている以上、矛盾を抱えたカオスの中で考えるしかない。

堀内:1980年代から環境問題は言われていたけど、アパレル業界で加速していったのは、90年代から2000年代前半にファッションの民主化が行われたファストファッションの台頭じゃないですか。そこで例えば、150万円する〈CHANEL(シャネル)〉のジャケットと、1,000円のジャケットが環境に与える負荷がそんなに変わらないと仮定して、それぞれに同じ金額の税をかけたとしたら後者は儲からないからやめる。ほんの一例だし、実行できるかは分かりませんが、人間が考えられる知恵を絞っていくことくらいしかできることはないのかもしれないと思っています。むしろ、高価でも100年愛されるジャケットは、長期的にみた環境負荷の平均値は非常に低い。安価で1週間で捨てられるものはどう考えたって環境負荷の度合いが高いわけだから、単純に時間と価格のバランスなんじゃないかと。

坂部:ファストファッションが環境を破壊していることは分かっていても、ファストファッションのおかげで、どんな人でもおしゃれできるようになったのは間違いない。そういう視点も含め、やっぱり、いろいろな角度で見ていかないといけないという方が問題としては大きいと思いますよ。

Mikio Sakabe grounds th コラボ

堀内:問題解決ってシンプルではないからね。平等にすることで不幸せな人は減るけど、先ほど話した僕の理論が正しければ、新しさや美しさを感じられる文化的なものも減るわけじゃないですか。紛争の中で生まれた、強い感情が生み出す美しいペインティング物語もいくらでもあるわけで、みんなが同じような生活をしていたら人々が感動する小説は生まれない。だとすると、人間は平等性を求めるけれど、この二項でいうと、どちらかしか取れない。そうしたことが進化の過程にはあると思います。まあ、SF的な話でいうなら、平均化されたところからもそれからくる葛藤の様な新しいものや視点が生まれることもあるとは思いますが。

——時代の転換点ともとれるパンデミックにあって、人々の装いやファッションに変化を感じたことはありますか?

堀内:街中の人を見ていると、明らかに楽な服を着ていますよね。

坂部:確かにそうだけど、身体を鍛えたりだとかに関心が向かってもいて全員がリラックスする方向にいっているわけではない。身体との向き合い方が変わってきているんじゃないかな。

堀内:身体感覚の話も含めて、僕たちと10代の子とはだいぶ考え方が違いそうですけどね。クラシックなウールなんて着たことがない人も出てきそうじゃないですか。いま三樹郎君が着ている素材は新しく開発したもので、ナイロン95%とポリウレタン5%の合繊のテキスタイル。立体感があって肌に張り付かず、一着70グラムをきるくらいに軽くて、これでスーツを作るとめちゃくちゃ着心地は楽なんですよ。その一方、〈th〉では毛芯をしっかりと使うクラシックスーツも作っている。僕は、そういった両軸を進化させるコントラストが好きなんです。

スパイバー(人工クモ糸繊維を開発)が好例ですが、現代のテクノロジーが世界の光景を変えていくことはあると思っているので、僕はそうした新しさとクラシックなスーツを交ぜていきたいんです。〈th〉では、いわゆる生産のプロセスに時間をかけていて、一度デザインして作ったら次のシーズンでは毛芯の種類を変えたり、工場を変えたりということを繰り返しているので非常にプロダクト的な工程を踏むんです。そういう意味では、デザインにかける時間も一瞬だったりする。少々対極的な、流動的な要素の高いレディースを、10年間やって気付いたことかもしれませんね。

grounds Taro Horiuchi コラボ

 

——まさにシーズン性やトレンドに依拠しない普遍性の追求でもある。ちなみに、坂部さんはデザインに時間をかける方なんですか?

坂部:いやあ、かけない方な気がする。ただ、デザインに向き合ったら早いというだけで、普段から考えていることをストックするという意味では充電期間は長めにおいているかな。

堀内:それでいうと、僕は古着を買ったり、そのルーツや歴史を調べるリサーチに関してはかなり時間をかけていますね。

——デザインと時間の関係はとても興味深いです。それでは、今回のコラボレーションに関しては?

坂部:これはもう、5秒くらい。最速だよ(笑)

堀内:デザイン画は、スリッポン、レースアップ、ジップアップの3タイプを描いただけで、ほとんど瞬間的に今回のデザインが選ばれた。

坂部:合わないわけがない、と直感したしね。もし早い方が良いという理論があるなら、これは、すごいデザインだということになる。

堀内:そうだね。〈grounds〉の他のソールとも合いますのでぜひ(笑)


Photography : Yuichi Ihara
Text : Tatsuya Yamaguchi